躍動感とウィット溢れるヴィヴィアン・ウエストウッド、その人となり [ update:2008.04.14 ]

Photo Journal by Tomoko Oka
ヴィヴィアン・ウエストウッドは、その9年もの空白を経て、ロンドンの舞台へ帰還、ロンドンコレクションに強烈なインパクトを与えた。彼女の頭の中を縦横無尽に駆け巡るその世界に引き込まれた観客達は、文句なく彼女の帰還を歓迎した。
かつて、ロンドンが、カルチャートレンドの最前線にあった頃(1971年)、彼女のデザイン活動は当時のパートナーであるマクラーレンと共に始まった。それまで誰も想像だにしなかった斬新なアイデアとデザインが詰まったショーケースが彼らの店に並び、人々を虜に。当時のファッショントレンドは、ヒッピー。イギリスのラジオでは、ロックン・ロールミュージックなど耳にすることがないそんな時代に、彼女の店では、50年代のロックン・ロールのレコードと洋服を並べた。ヴィヴィアンの異端的な発言や一風変わった仕事への姿勢と、多岐に渡る見識は、メディアをも夢中にさせ、彼女の名は広く世界に知られていく。
彼女がファッションに対する方向性を変えた重要な年(1984年)、その新たなアイデア源を、サヴィル・ローのテーラリングテクニックに、17世紀のイギリスの生地に、そして18世紀のアートの中に発見。"伝統をもって未来を創る" という彼女のクリエイティビティを象徴する言葉が生まれた。殊に、伝統的な英国のファブリック使いは、彼女のアイデンティティとして確立される。
さて、今回のショーはというと、ヴィヴィアン風ウイットに載せ、エキセントリックに、そして、ちょっと気取ったエレガンスを匂わせたもの。それらすべてが、彼女の足跡であり、生きた証し。即ち、ヴィヴィアンそのもの! 破壊と、レジスタンス、パワフルな自信に満ちたその自己主張は、人々の心を喚起し、前に向かって堂々と生きていく力を与えてくれた。フィナーレには、舞台の端から端まで、誇らし気な足取りで歩く彼女の姿が、もう一つのショーとなる。その輝くばかりの笑顔に、深く刻まれた彼女の歴史が読みとれた。彼女ならではの風刺をぴりっと効かせたショーは、さながら、動く文学であった。
*ヴィヴィアン・ウエストウッド
1941年4月8日生まれ。1971年、マルコム・マクラーレンと共にデザインを開始。ロンドン・キングスロード430番地「Let It Rock」にショップをオープン。その後ショップ名を「Too Fast To Live, Too Young To Die」「SEX」「Seditionaries」「World's End」と変える。1981年3月、ロンドンでファースト・コレクションを発表。1982年10月、発表の場をパリへと移す。1984年後半、パートナー、マルコムから独立。1990年7月よりメンズコレクションを発表。1993年にはベルリンの "Berliner Hochschule der Kunste" のファッション専攻教授に就任。受賞暦多数。
■ヴィヴィアン・ウエストウッド 日本公式Webサイト









